世界の笑顔に出会いたい

写真家・高橋美香のブログ。 公園にいたノラ猫のシロと暮らす。 カメラを片手に世界を歩き、人びとの「いとなみ」を撮影。 著作に『パレスチナ・そこにある日常』『それでもパレスチナに木を植える』(未來社)『パレスチナのちいさないとなみ』(共著、かもがわ出版) 写真集に『Bokra 明日、パレスチナで』(ビーナイス)

2015年09月

イメージ 1

「アンタ、動いてないと死んじゃう魚みたい」と言われました、最近。広島、宮古と続き、いよいよ明後日からは祝島。某地に一泊するため、一日早く今夜の夜行で旅立ちます。8月下旬からこの二週間ほどで五回目の夜行バス。疲れたなあとため息をつきながら、また夜行バス。

祝島は三年ぶり。三年前に訪れたときは、この地で仕事をみつけて(介護職員になれるなら需要はあると島で言われた)移住して島のことを記録したいと半ば本気で考えていたが、その後状況がそれを許さず、結局島へ移住することはできなかった。また訪ねたいと思いつつ、三年の月日が流れた。

瀬戸内の海を故郷に持つ者のひとりとして、この瀬戸内海をこれ以上汚してほしくないと強く思う。「便利な暮らし」を追い求めすぎた結果、失われてしまったものはあまりに多い。魚をとって、田を耕して、ビワを育てて、ヒジキをとって、そういう地(海は地とは言わないけれど)に根差した島の暮らしがいいなと思った。

この島の反対運動があったからこそ、ここに原発はつくられないできた。もう、原発はいらないよ。心の底からそう思う。

島の方々に再会するのが楽しみだ。久しぶりに色々なお話を聞かせてもらうことも楽しみだ。島の方々に、パレスチナのお話しをする時間もいただいていると聞く。闘いつづけるひとたちに、闘いつづけるひとたちの話を。

この三年間、待ち望んだ島の再訪。島に着いたら、深呼吸しよう。

イメージ 1

イメージ 2

三月以来、半年ぶりに宮古を訪ねてきた。

震災の年から、ボランティアの活動拠点として宿泊を含めた受け入れをしてくださった宮古教会。津波の襲来に耐えた教会も、未来のことを考えて海から離れた場所への移転が決まった。いまの教会は取り壊しが決まっている。その前に、どうしても、あの日々を過ごした教会に「ありがとうございました」と言いたかった。お別れを告げたかった。

四年たったいまでは、宮古では「表立って」ボランティアは必要とされていない。聞く話によると、学生のボランティアを連れて行こうと窓口にたずねると、「こういうニーズがある」ということに沿って活動をおこなうというよりは、「学生さんたちは何ができますか?歌を歌うとか?料理ができるとか?」と聞き返されると聞いた。

仮設住宅などでの訪問イベントも、一部を除き、すっかり減っているそうだ。仮設住宅の入居者自体が減っているのだから無理もないのかもしれない。ある仮設住宅を訪ねると「ああ、お姉さん、よく焼きそば焼きに来てくれてたよね。いまでは、誰も来なくなっちゃったよ」と。「なんだかさみしくなったよね」と力なく笑う。

ある仮設住宅では、復興住宅への入居が決まりどんどん転出者が増えている一方で、「どこに行くか分からない。どこへ行けばいいのかも分からない。だから入居も申し込んでいない。かといって、自力で家を用意できるあてもない。追い出されるまでここにいようと思う」と仲良しの身寄りのないばあちゃんが笑う。笑っているけれど、いや、本人は笑うしかないのだろうけれど、深刻な問題だ。今度行ったときには、じっくり話してみて、ご本人が希望され、なにか解決の道があるのなら、担当者にお願いしなければと思う。話しているあいだじゅう、ワタシの手をギュッと握るばあちゃん。そのぬくもりと、握られた手にこめられた力を感じると、笑いながらも不安でいっぱいなんだという思いが伝わってきて、切なくなる。いつも、ばあちゃんに手を振って「また来るね」といわなければならないときは、身を切られるような思いになる。

その一方で、少しずつ「日常」を取り戻せたんだな、と感じるばあちゃんもいる。以前は訪ねると大喜びで「家にあがっていけ、泊まっていけ」と何かにつけて世話を焼いてくれていたばあちゃんも、今回はものすごく淡々としたもので「いいことも別にないけど、特別悪いこともない」と。以前ならば教会に、ボランティアセンターに、何がある訳でなくても顔を出していたばあちゃん。いまはそういうこともなくなり、お別れの際も「またね」と淡々としたもの。かえって、こちらが寂しくなるくらい。でも、それでいいのだと思う。感情の揺れ幅が大きかったばあちゃんのこの四年間の方が、ばあちゃんにとっては「異常事態」だったのだ。自分の本来の世界のなかで、自分の本来の「日常」を取り戻しつつあるばあちゃんを、これからも、そっと見守ろうと思う。

鍬ケ崎では「毎日、道が変わっていて、地元の人間でも一瞬分からなくなる」というほど、街全体の区画整理と計画に基づいた再建が進められている。それにともなう問題もあちこちで耳にはするけれど、とにもかくにも工事が進められている。田老では、高台での復興住宅などの建設が進められていた。全体的には、まずは道路から、という印象を受けた。南北を縦貫する復興道路もかなり大規模な工事があちこちで進められている。

変わりゆくこと、変われないまま取り残されているひと、四年たって、様々なものが見えてきた。「復興」という華々しい面だけに目を奪われず、その陰で苦しみ続けているたくさんのひとが、声も上げられずに日々を過ごしていらっしゃることを忘れたくない。

イメージ 1

宮古へ行く前に、一日だけ盛岡に滞在して、井の頭自然文化園から旅立っていったトラジロウとの再会を果たした。

行く前は、ドキドキしていた。その姿がなかなか見つからなくて、檻の奥の茂みのなかにその頭から背中にかけての縞模様をみつけて、ようやくその姿に出会えた。

でも、トラちゃんは何十分、何時間みつめていても、一向に顔をあげることもなく、茂みの奥で昏々と顔を伏せて寝ていた。ほんの一瞬顔をあげて、手足の身づくろいをして…という姿に心を躍らせたのも一瞬、また顔を伏せて眠り始めた。

井の頭のときのように、毎日のように顔をみに行くこともできず、カメラを取り出してトラちゃんのケージの前に張り付いてシャッターを切れば「またオマエかよ、毎日オマエも好きだにゃあ。プイ」という顔をされることもない。「ああ、トラちゃん、遠くへ行ってしまったんだな」と、すごく寂しい気持ちになった。

井の頭では、いかにしてトラちゃんの気をひき、フォトジェニックな顔をしてもらい、その姿を切り取るか、一方、トラちゃんは、ワタシが気をひこうとアレコレ画策して、うっかりそれに乗せられてしまい、そのことに気付くと必ず「シマッタ」という顔をした。歩いているとき滑ってこけそうになって、あたりを見回してワタシがみていたことに気付いたときもそんな顔をした。ワタシがトラちゃんの顔をじーっとみつめれば目をそらし、たまーに「駆け引き」でワタシが他の方向をみていて、バッとトラちゃんに視線を戻し、彼はワタシの方をみていて目があったときもよくそんな顔をした。そして必ずプイと顔をそらした。その顔が好きだった。そういうどーでもいー遊びが好きだった。でも、もう、そんな日は帰って来ない。

トラちゃんが盛岡へ行くことになったのは、日本全体でのツシマヤマネコの繁殖計画に基づく。盛岡にいたツシマルが繁殖のペアに選ばれ移転して、その穴埋めのためにトラちゃんが盛岡へ。繁殖は成功し、ツシマルには四頭の子どもができた。ワタシのただひたすらエゴイスティックな寂しさ、悲しさも、これで少しは報われたのだろう。分かっちゃいるけど、理屈じゃないのが「恋」というものだ。ワタシは出会ってからずーっと、トラちゃんに恋をし続けている。久しく忘れかけていた若かりし頃の思いのような、「決定的な失恋」みたいな気持ちを、盛岡で味わった。もう二度と、井の頭でのあの日々は帰って来ないのだと、改めて思い知らされた。

「さようなら、トラちゃん」顔を伏せて眠り続ける彼に別れを告げた。なんだか、すごく悲しかった。なんとなく、もう会えない気がした。こんなに辛い気持ちを味わってまで、また笑って会いに行ける気はしなかった。

イメージ 1

昨夜、七日ぶりに広島を一緒に旅したムスメに会った。オヤの売り上げをお母さんに届け、ムスメには「写るんです」で撮った写真を届けるため。先週注文したフォトブックは間に合わなかった。友人であるムスメの父母夫妻は友人の家に食事をお呼ばれに出かける約束があり、長女も三女も一緒に行くとのこと。次女のムスメにたずねると「私は行きたくない。お母さんがミカさんが好きなチーズのキョムベ作ってくれたから一緒に食べよう。あと映画も観ようよ。ゆっくりして行ってよ」と、広島の日々の再来。ふたりでいろいろ話をしながら夜を過ごす。広島の旅、本当に楽しかったそうだ。初めてのことがいっぱいだったと。ムスメのホンモノのお母さんが、うちの広島の母に「お世話になったお礼に」と、手作りのクルドパンツをくれる。これ、シルエットがかわいいんだよなあ。「クルドでは畑仕事のときもこれを履いて畑に出る。ミカさんのお母さんにも、畑仕事に履いてもらって」と。

いま、シリア難民やアフリカ大陸北部から地中海を渡る難民、移民が命を落とすケースが相次いで報じられている。根本的な内戦や飢餓や紛争の解決なしには済まされない。しかし、目の前に、世界の無関心のために失われようとしている命があるのに、放置することは許されないと思う。難民になることは不幸なことだが、難民となって、その後の人生をどう生きるかによって、幸せにもなり得る。辛かった過去を消すことは出来なくても、よりよい人生をその後の環境によっては得ることができるかもしれない。そして、同時にいま難民となっている方々だけでなく、日本のなかにも当たり前の権利もなくひっそりと生きている難民(認定の有無にかかわらず)の方々のことも考えてほしいと思う。世の中の数百万人を助けることができないことに思い悩み、何もしないより、目の前のたったひとりの誰かのためにできることを探して行動していきたいなと思う。大したことができないことは、百も承知であっても。

さて、これから夜行バスで盛岡に行ってきます。昨年の三月に涙の別れを経験したツシマヤマネコのトラジロウに会いに行って、半年ぶりの宮古へ。

今日の写真は、ビリン村のご長寿夫婦、アブーハーニー(ビリン村の男性のなかで最高齢)とインムハーニー夫妻。うちの居候先、アブーラハマ家の二件となりの家に住む夫婦で、アブーラハマ家の5兄弟次男ムスタファの奥さんサブリーンのおばあちゃんにあたる。ちなみに、ムスタファ夫妻の馴れ初めは、隣村に暮らすサブリーンが、おじいちゃん、おばあちゃんを訪ねて来ていたとき、たまたまムスタファがこの家を訪ね「結婚したい!」と思ったのがキッカケだそうな。

インムハーニーは、いまでも伝統工芸品をつくるのが得意で、いまでも元気にせっせせっせと作っている。元気なおばあちゃん。

福山での写真展は、引き続き7日まで開催しております。

*********************************************

写真展「ボクラ・明日、パレスチナで」
日時:8月25日(火)~9月7日(月)
   10時~19時

場所:福山市中央図書館まなびの館ローズコム
   1F展示コーナー
   福山市霞町1-10-1


入場無料
http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/chubushogai/1823.html




「ボクラ」のプロデューサー石塚さんのお店ビタミンTeeにより、「ボクラ」に収められた写真のすべてがTシャツにもトートバッグにもなります。
(サイズや値段など詳細はおたずね下さい)
http://www.vitamin-tee.jp/


大好評!!!ビタミンTeeより「ボクラ」の図柄の新商品、グリーティングカード登場!
http://www.vitamin-tee.com/boyaki/2015/07/29/81.html


「パレスチナ・そこにある日常」(未来社)のご注文もお待ちしております。
アマゾン
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%83p%83%8C%83X%83%60%83i%81E%82%BB%82%B1%82%C9%82%A0%82%E9%93%FA%8F%ED&x=10&y=21

イメージ 1

広島での滞在を終えて戻ってきました。福山市中央図書館での写真展は、引き続き7日まで開催しておりますので、足をお運びください。

今日ご紹介する写真は、ながいあいだ、この場所での商業活動が禁じられていて、それが解除されてから、元の場所へ戻ってきた皮革修理加工職人のおじさん。昔2000年に訪ねたときは、まだ多くの商店が軒を連ねていたこの場所も、9年間ですっかり人気の消えた商店街に変わっていた。活気ある中心部は町の北西部へ移ったそうだ。このヘブロン旧市街はH2地区とされ、入植地が侵食、隣接するために、イスラエル側にすべての権限があるとされている。

この入植地に暮らす数百名の入植者を守るために、数千名の兵士が置かれているのは有名な話だ。

おじさんは「いやあ、他に行くところもなかったんだよ」と話した。儲けの出る商売で、他に行くところがあれば新しい店を開いたかもしれないが、そんな余裕のある人ばかりではない。情勢に左右されつつ、ここで生きていくしかないひともたくさんいる。

いつ訪ねても、H2地区はピリピリした街だなと思う。兵士が「パトロール」として道を歩く若い青少年たちを拘束して身分証を検める光景に頻繁に出くわす。少しでも反抗的な態度をとれば、街の真ん中にある基地へとすぐさま連行される。入植者は武装が許されており、ライフルを肩にかけて歩いていたりする。ヘブロンはそんな街だ。

*********************************************

写真展「ボクラ・明日、パレスチナで」
日時:8月25日(火)~9月7日(月)
   10時~19時

場所:福山市中央図書館まなびの館ローズコム
   1F展示コーナー
   福山市霞町1-10-1


入場無料
http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/chubushogai/1823.html




「ボクラ」のプロデューサー石塚さんのお店ビタミンTeeにより、「ボクラ」に収められた写真のすべてがTシャツにもトートバッグにもなります。
(サイズや値段など詳細はおたずね下さい)
http://www.vitamin-tee.jp/


大好評!!!ビタミンTeeより「ボクラ」の図柄の新商品、グリーティングカード登場!
http://www.vitamin-tee.com/boyaki/2015/07/29/81.html


「パレスチナ・そこにある日常」(未来社)のご注文もお待ちしております。
アマゾン
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%83p%83%8C%83X%83%60%83i%81E%82%BB%82%B1%82%C9%82%A0%82%E9%93%FA%8F%ED&x=10&y=21

↑このページのトップヘ