世界の笑顔に出会いたい

写真家・高橋美香のブログ。 公園にいたノラ猫のシロと暮らす。 カメラを片手に世界を歩き、人びとの「いとなみ」を撮影。 著作に『パレスチナ・そこにある日常』『それでもパレスチナに木を植える』(未來社)『パレスチナのちいさないとなみ』(共著、かもがわ出版) 写真集に『Bokra 明日、パレスチナで』(ビーナイス)

2016年03月

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今日は思わぬ時間ができたので朝からひたすら次の写真展用のモロッコの写真をプリントする。

昨年秋に撮影してきて以来、特に発表のアテがあったわけでもなかったので、あまりじっくり眺めたり整理したりプリントしたりもしてこなかった。ある意味、撮って初めてきちんと写真たちに向き合ったのが今日だったと言えるかも。

出会ったたくさんのひとたちを思い出す。頻繁に思い出すのは、フェズのフセインじーちゃんや、ジャマエルフナ広場の楽団の面々のこと。

写真を眺めていると、モロッコの空がどこまでも青いことに気付かされる。そういえば、飛行機を降りて空港の外へ出て一番最初に感じたことは「空が青いなあ」ということだった。

モロッコは様々な色が印象的な国だった。代表的なのは、それぞれの町のカラー。マラケシュは赤、フェズは象牙色、カサブランカは白という風に。タジンに入っている野菜も、街角で売られているバブーシュも、織り上げられたカーペットもすべてがカラフル。

そんなそれぞれの色のなかで、人々は微笑みをたたえていた。

旅程のの最後だったカサブランカで、最後の日はひたすらあてもなく街をさまよい歩いた。マラケシュやフェズのメディナ(旧市街)と違ってカサブランカのメディナはそんなに広くも難しくもないので、太陽の方向だけをなんとなく意識してさ迷い歩いた。

海の町なので、市場には野菜や肉だけでなく魚も豊富に置いてあった。おこぼれをもらおうと、あちこちで猫が待っていた。のんびりとしたやわらかな午後だった。

肉屋、魚屋市場に迷い込むと、おやじたちが笑顔で声をかけてきた。毎日のように繰り返し言われてきた「えらいエジプト訛りのアラビア語だなあ」と微笑まれながら、おやじたちの仕事ぶりを撮らせてもらった。そう、ワタシは働くおやじの写真を撮るのが何よりも好きなのだ。モロッコまで行って、結局同じことをやっていた。

ピカイチでいい笑顔を浮かべて仕事をしているおやじに出会った。鶏肉をさばいていた。20年来のエジプト人の友人にどことなく似ている。アイツがおやじになったら、こんな風になるんじゃないかと長らく会っていない友のことを思い出す。

モロッコ、ステキなおやじたちが素敵な微笑みをたたえている国だったと、写真をプリントしながらしみじみと思い出す。

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昨年秋に撮影したモロッコの写真展「モロッコの迷宮で」を下記の通り開催することになりました。

日時:2016年4月5日(火)~30日(土)
   11時から21時(木曜定休)

場所:自家焙煎珈琲豆の専門店 andante
   武蔵野市西久保2-18-3 三谷通り
   0422-37-1612

http://www.coffee-andante.com/omise-shoukai.html

会場では、クルドのおかあさんがつくるオヤも置かせてもらう予定です。

写真展自体には入場料は設けておりませんが、美味しい珈琲を飲みながらお楽しみください。

ワタシは会場に常駐はしておりません。在廊日はツイッターなどでお知らせします。
@mikairvmest

みなさまのお越しをお待ちしております。

「パレスチナを撮っても、モロッコを撮っても、タカハシミカの写真だなあ」と、もし感じてもらうことが出来たら、それこそがワタシの喜びです。

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パレスチナの写真集「ボクラ 明日、パレスチナで」(ビーナイス)


写真展会場でも販売します。

http://www.amazon.co.jp/ボクラ(Bokra)%E3%80%80明日、パレスチナで-ビーナイスのアートブックシリーズ-高橋-美香/dp/4905389275/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1421878540&sr=8-2&keywords=ボクラ%E3%80%80明日

版元ビーナイスのページ
http://benice.co.jp/index.html

「ボクラ」に収められた写真のカード、Tシャツ、トートバッグをこちらからお求めになれます。
ビタミンTeeのページ
http://www.vitamin-tee.jp/?mode=cate&cbid=985137&csid=1


「パレスチナ・そこにある日常」(未来社)も会場で販売予定です。

アマゾン
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%83p%83%8C%83X%83%60%83i%81E%82%BB%82%B1%82%C9%82%A0%82%E9%93%FA%8F%ED&x=10&y=21

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昨年秋に撮影したモロッコの写真展「モロッコの迷宮で」を下記の通り開催することになりました。

日時:2016年4月5日(火)~30日(土)
   11時から21時(木曜定休)

場所:自家焙煎珈琲豆の専門店 andante
   武蔵野市西久保2-18-3 三谷通り
   0422-37-1612

http://www.coffee-andante.com/omise-shoukai.html

会場では、クルドのおかあさんがつくるオヤも置かせてもらう予定です。

写真展自体には入場料は設けておりませんが、美味しい珈琲を飲みながらお楽しみください。

ワタシは会場に常駐はしておりません。在廊日はツイッターなどでお知らせします。
@mikairvmest

みなさまのお越しをお待ちしております。

「パレスチナを撮っても、モロッコを撮っても、タカハシミカの写真だなあ」と、もし感じてもらうことが出来たら、それこそがワタシの喜びです。

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パレスチナの写真集「ボクラ 明日、パレスチナで」(ビーナイス)


写真展会場でも販売します。

http://www.amazon.co.jp/ボクラ(Bokra)%E3%80%80明日、パレスチナで-ビーナイスのアートブックシリーズ-高橋-美香/dp/4905389275/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1421878540&sr=8-2&keywords=ボクラ%E3%80%80明日

版元ビーナイスのページ
http://benice.co.jp/index.html

「ボクラ」に収められた写真のカード、Tシャツ、トートバッグをこちらからお求めになれます。
ビタミンTeeのページ
http://www.vitamin-tee.jp/?mode=cate&cbid=985137&csid=1


「パレスチナ・そこにある日常」(未来社)も会場で販売予定です。

アマゾン
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%83p%83%8C%83X%83%60%83i%81E%82%BB%82%B1%82%C9%82%A0%82%E9%93%FA%8F%ED&x=10&y=21

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また半年ぶりに宮古に行ってきた。震災の年からずっとワタシたちボランティアを受け入れ、滞在を許してくださってきた日本基督教団宮古教会の牧師先生と教会員の皆さん。震災から五年のこの3月11日に、津波の来ない場所に教会と牧師館と認定こども園とを移転して、その献堂式がおこなわれた。

この11日、朝から宮古小学校へ避難訓練に参加した。年々訓練の参加者が減っていることを受け、今年は四年生の生徒たちが訓練に際してアルファ米で炊いたおにぎりやお茶の炊き出しをしてくれた。もう一度避難訓練の大切さを見直そうという地域への呼びかけ。

朝の6時、あの日、あのときと同じサイレンが鳴った。そのサイレン音に地元の知人は「あの日のことを思い出して苦しくなる」と毎年のように言っている。

仮設住宅で独りで暮らす90歳になる「ばあちゃん」を半年ぶりに訪ねた。ばあちゃんは元気そうに見えたが「この半年の間に2度救急車を呼んでしまった」と語った。身寄りもなく、ひとりで暮らすばあちゃん。復興住宅にせっかく当選したものの、復興住宅へ入居すれば家賃がかかるようになるから払っていけるのか分からず、決断できず入居を見送ったことを話した。ばあちゃんの心の不安を取り除き、小さなことでも相談にのり、親身になって一緒に問題を一つ一つ解決してくれるような「仕組み」が見当たらない。自分から声を上げることができないひとは、どんどん取り残されていく。そのことを強く感じる。「困ったことがあったら相談にのってもらえるか」と、ばあちゃん。「当たり前じゃん」ともう一度、住所と電話番号を書いて渡す。もっと近くにいられればいいのにね。

一方、ようやく希望通りの、もともと住んでいた町にできた復興住宅への入居を終えたNさん夫妻。かかさま(といつもワタシは呼んでいる)は家を訪ねたワタシの手を引き、一緒にこの復興住宅へと移ってきた仲良しのYさん、Oさんの玄関の扉をたたき「珍しいひとが来たよ、ミカちゃんが来たよー」と声をかけてまわる。Oさんの家で4人でお茶を飲む。YさんもOさんも一人暮らし。「でも3人で毎日顔を合わせて、どんな小さなことでも吐き出しあって、助け合っているから大丈夫」と3人とも笑っている。そのお姿に、ワタシはホッとする。そう、誰か身近に支えてくれる人がいれば、大丈夫。

鍬ケ崎や田老に行ってみる。どんどん工事が進み、どこにいるのか分からなくなりそうだ。地元の方々は「こんな防潮堤よりも、まっすぐな避難道路、遠くに避難できないひとのための高くて頑丈な避難場所をつくってほしいのに。誰のための工事なんだか」と異口同音に話す。誰のための「復興」なんだか。

「復興」を声高に叫ばれれば叫ばれるほど、声も上げられず、そこから取り残されて、孤独と貧困のなかでもがいている方々の存在を蔑ろにされているようで、やりきれなくなる。ワタシにできることはなにもないに等しい。でも、生きている限り、出会った大切なひとたちがそこで暮らし続ける限り、足を運び続けようという決心だけはしている。重い重い五年の歳月。気の遠くなるような「本当の復興」への道のり。

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