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昨日、友達のお兄さんが殺されたことを書いた。

ワタシは、そこから一歩も進めないでいる。容赦なく日常は続くのに、なにをやるのにも集中力を欠き、なにかをやろうとしても三分もたないで、殺された友達のお兄さんのことを考えている。これだけ「無能(カギカッコ要らないかなあ、ホンモノの無能かもしれない)」無気力なワタシを受け入れ、生かし、活かしてくれるこの環境に感謝する。

昨日書いたことは、できるだけ繰り返さないでおこう。友達のお兄さん、パレスチナのオサマ・マンスールさんが検問所で射殺された件は、昨日の記述をご参照ください。http://mikairvmest.livedoor.blog/archives/8470247.html

自分の気持ちがどうであれ、友の壮絶な苦しみがどうであれ、そんなこととは関係なく日常は続く。家の外に出て、聞こえてくる明るい笑い声、SNSのタイムラインに流れてくる洪水のようなみんなの「つつがない」日常、それらは、普段なにごともなければ、好ましいもの、守られるべきものの筆頭だとワタシ自身が感じているはずなのに、いまのワタシにはそれらに接することが辛い。

オサマさんの死、かけがえのないひとつの命が奪われたことが、この世のほとんどのひとには届くことなく、顧みられることなく、埋没し、かき消されていくことが辛い。自分の無知、無関心だって、誰かにこの辛さを感じさせているのに。世の中の大半のひとには「関係ない」ことだし、そんなの仕方がないことだとアタマではわかっている。でも、感情が理性に追いつかない。

パレスチナからの報道ですら、一日以上たつと続報はほとんど出てこなくなった。パレスチナで起きている事件は多すぎるし、地元マスコミも報じなければならないことが多すぎる。エルサレムで新規入植地建設がまた承認された、入植者に高齢女性がひき殺された、入植者による暴行事件が起きた、エルサレムで入植者がアラブ系住民の家を占拠した…たった一日、ワタシが注意深くもなくザッと目にしただけで、こんな様子だ。オサマさんの埋葬が終わったいま、次に報じられることがあるとすれば、オサマさんを射殺した兵士の犯罪性(当局は当該兵士を擁護すると正式に発表とのこと)が明らかにされるか、そのための裁判などがあるかどうかのときだろう。

こうやってひとつの命が奪われたことが「なかったこと」にされていく。ご遺族やご友人など縁者の心だけが置き去りにされていく。占領のなかで生きるとは、こういうことだ。あまりに強大な権力の前に、真実が消され、捻じ曲げられていく。塗り固められた嘘が、まるで真実かのように流布していく。そうやって、見たくないものを見ない、都合よく事実を改変する社会。私たちが暮らす社会と似ているね。

新たな証言も出ている。「オサマさんご夫妻を銃撃した兵士は、撃たれて負傷させられたご夫妻を放置し、近くにいたひとたち(おそらく同じ検問の車列に並ばされていたひとたち)が懸命に救急措置をとるのを眺めていた」と。これがこの事件の本質を表している。パレスチナ人の命に対する圧倒的で絶望的な無関心。相手をひとりの人間だと感じていたら、絶対にできない。心ある殺人マシーンは軍には不要。軍に必要なのは「身内を守るため」に「敵」を殺す殺人マシーン。心は必要とされない。

オサマさんが友達のお兄さんだと知る前、「(まさか本当に兄弟だとは思わず)きっと親類縁者ではあるだろう」と思ったので、友達に確認するため、事件のニュースリンクを一緒に送ってしまった。そのリンク先には旗に包まれてストレッチャーに乗せられていたオサマさんのご遺体が映っていた。お兄さんだと返事があったときに、自分の思慮の足りなさ、最低最悪の無神経な浅はかさを呪った。すべては遅すぎる。一生消えない悔いであり、許されるべきではない過ちだ。

それなのに、友は「(故郷に)帰るよ。ありがとう」と、知らせを送ってくれた。苦しみのただなかにいるのに、わざわざメッセージをくれた、その短い言葉の行間に溢れる、言葉にできない思いに、丸一日経って、そのとき初めて涙が止まらなくなった。アッラーユサーフィルアレイ。信心もないワタシが、心からそう祈る。

「パレスチナの春は最高。花々が咲き乱れて本当にきれい。春になったら故郷に帰りたいな」と友から聞いたのは、何年前の冬だっただろう。コロナ禍で去年も今年もその友の願いは叶っていなかった。何年ぶりの帰郷になるのだろう。お兄さんが生きているあいだに、楽しい帰郷だったらよかったのにね…と思うと、また涙があふれてきた。

友が、ご家族や友達と一緒に、ひとときでも悲しみや苦しみを誰かと分け合えますように。

オサマさんの魂が、どうか安らかでありますように。

繰り返し、繰り返し、キリがないほど、そんなことを考えている。そう祈っている。