
まだ、こういうストーリーがファンタジーではなかった、今よりずっと和平の機運が高かった90年代が時代背景です。
イスラエル国内のとある町のアラブ文化センターの落成式に、親善で招かれたエジプトはアレキサンドリア警察音楽隊。音楽より、芸術より、金儲けだとかで忙しい世界の流れを受けつつあるエジプトで、常に廃部?の危機感を持っていて、このたびの成功で存在感を印象付けようと必死の団長トウフィーク。
しかし、何故か降り立った先に迎えがなかった。自力で演奏する町へ行こうとする音楽隊の面々。ここでマジックにかけられる!
…と言うのも、大半の日本人がRとLの区別がつかないように、大半のエジプト人はPとBの違いをはっきり区別できないという事実がこの映画の「オチ」になっている!!!音楽隊が目指した町は「ぺタハティクバ」実際に辿り着いてしまった町は「ベイトハティクバ」声に出して読んでみてください。
一日に一便しかバスのない、いや何もない町で、茫然とする面々。バス停の前にある食堂の女主人が見かねて自分の家と常連客の家にみんなを泊めることを申し出る。しかし、長年敵対してきた共通点も何もないエジプト人とイスラエル人、間に流れるのは気まずく、冷たい空気。
しかし、音楽を愛する心とか、家族を大切にする心、人間の持つ寂しさ、弱さ、人恋しさ、徐々にお互いを同じだと感じ始めた一晩。ぎこちなかった両者の間に、温かな感情が芽生えていく。
瑞々しかったです。監督は私と同年代。この世代が、こういう視点でこういう作品を撮れることが希望だと思いました。
そして、第二の希望は、エジプト人の音楽隊員を演じている面々!彼らはイスラエル国内に暮らす、イスラエル国籍のパレスチナ人(イスラエルの国民の15%を占めます)。イスラエル建国の際に、国の「内側」に居た人々、およびその子孫です。彼らは、国籍こそ与えられてはいるものの、「ユダヤ人国家」が前提であるイスラエルでは二級市民扱い。勿論、そのため国防を担う兵役義務も課されない微妙な立場です。イスラエルのパレスチナ人の学校では、パレスチナ寄りの歴史などを教える事も出来ません。アイデンティティに悩む方々も多いと聞きます。そんな苦難など存在しないかのような、突き抜けた素晴らしい演技。団長トウフィークを演じるサッソン・ガーベイ(劇中ではどこからどう見ても、エジプトおやじに成り切っていました!)、団長に反発する若い団員ハーレッドを演じるサーレフ・バクリ(彼も今時のちょっと軽薄で実は心にしっかり夢とか抱えてるエジプト人の若者に成りきっていました!)の演技こそが希望でした。
政治的な話ではありません。でも、政治を抜きにはなかなかこの地域の現状が見えてきません。そういう意味で、あちこちに散りばめられてはいます。…が、温かな人間模様と、平和への希望を、笑いながら、しんみりしながら、しみじみ楽しむ素敵な時間でした。
☆追記・および訂正☆
主演のサッソン・ガーベイ氏はイラク出身のユダヤ人であるとの、ご指摘をいただきました。お詫びして、訂正いたします。言い訳がましいですが、名前からして、アラブ名ではないな、とは感じていたのですが、氏のよどみないアラビア語から、早合点してしまいました。
このように、アラブ諸国出身のユダヤ人もたくさん居ます。彼らはセファルディと呼ばれ、欧州出身のアシュケナージからの差別もあると聞きます。ユダヤ人の国イスラエルの中においてすら、同じユダヤ人ではいられないのです。
ご指摘いただき、ありがとうございました。




