大昔からの友達のアムル、ああ、始めて出会ったときは彼も私も学生だった...から電話があり、タハリール広場にある彼の会社のオフィスを訪ねて来いと。普段はとても忙しい彼だが、今は旅行業界は氷河期。慌てて支度をして訪ねていく。パレスチナに行く前に会ったきりだったので、彼に会うのも久しぶり。大事な仕事を任されていて、社長の右腕として順調にキャリアを積む彼とも、顔をあわせればお互いに若くて青かった時代の昔話に花が咲く。本当に一緒にいろんなことをして、いろんな場所へ行って、多くの時間を過ごした。「いまでもあの頃が一番楽しかったといつも思い出すんだ」とアムル。
そして、私が訪ねるたびに外国へ出張に行っていて、もう二年も会っていなかったアムルのボス、社長のアハマドとも久しぶりの再会。彼はまだ若いのに昔から優しくて、面倒見が良くて、私にとってエジプトのお兄ちゃん的存在。いつも仕事に追われている彼も時間を割いてくれ、一緒にランチを食べる。「ミカは学生だった昔からずっと写真家になるのが夢だったよね。時間はかかったかもしれないけれど、ちゃんと夢をかなえることができて、昔よりもずっとずっと輝いて、幸せそうな今の君を見れるのは本当に嬉しい」と。某私鉄で働いていたとき「今は我慢のときって決めているのかもしれないけれど、絶対に流されたり、目標を見失ったりすることは俺が許さないから」と叱咤激励し続けてくれた人でもある。
いろんな意味で、エジプトの友達は本当に大切な存在だ。一番頑張っていた日々、一番苦しんでいた日々を優しく見守ってくれていた人たちでもあるから。
彼らと別れて、数日前にタバからカイロへ向かうバスで友達になったラーエドと再会。本当なら彼らが住む家へ招待を受けていたのだが、急遽帰国が決まったのでその時間が作れなくなり、ラーエドが慌てて時間を作って会いにきてくれた。
彼はカイロ大学で薬学を勉強している。今期で卒業だそうだ。そして卒業後はパレスチナへ帰ると。パレスチナでは薬学を学べる大学がほとんどなくて、仕方なくカイロへの留学を選んだそうだ。エルサレムに住む彼が毎日検問所を越えて西岸地区の大学へ通うことは、不可能ではないが、本当にしんどいことだから。一緒にタハリール広場に居るデモの人たちと話し、通りを散歩しながらアイスクリームを食べ、ナイル川で船に乗り、ご飯を食べ、お茶を飲んだ。
彼は、自分からはあまりパレスチナのことを語りたがらない。でも、言葉の端々に占領下で生きていくことの苦悩がにじみ出る。「来年はパレスチナで会おうね」そう約束をして別れた。彼のその後を今度はパレスチナで追って行きたい。
タハリール広場でのデモは、今はもう小康状態。ただムバラク支持派が所々で声を上げていたり、行き過ぎのデモ隊に軍や警察が弾圧を加える場面も皆無ではない。今もまだ古い体制を引きずる大臣の辞任を求めていたり、体制が変わってもすぐに人々の暮らしが良くなるわけでもないことへの不満をぶつけたり、今後も予断を許さない状況ではある。ただ人々は自分たちの力で体制を変えたことへの自信や喜びが漲り、人々の表情は明るい。苦しみ続けてきた民衆よ、幸せであれ。
そして、私が訪ねるたびに外国へ出張に行っていて、もう二年も会っていなかったアムルのボス、社長のアハマドとも久しぶりの再会。彼はまだ若いのに昔から優しくて、面倒見が良くて、私にとってエジプトのお兄ちゃん的存在。いつも仕事に追われている彼も時間を割いてくれ、一緒にランチを食べる。「ミカは学生だった昔からずっと写真家になるのが夢だったよね。時間はかかったかもしれないけれど、ちゃんと夢をかなえることができて、昔よりもずっとずっと輝いて、幸せそうな今の君を見れるのは本当に嬉しい」と。某私鉄で働いていたとき「今は我慢のときって決めているのかもしれないけれど、絶対に流されたり、目標を見失ったりすることは俺が許さないから」と叱咤激励し続けてくれた人でもある。
いろんな意味で、エジプトの友達は本当に大切な存在だ。一番頑張っていた日々、一番苦しんでいた日々を優しく見守ってくれていた人たちでもあるから。
彼らと別れて、数日前にタバからカイロへ向かうバスで友達になったラーエドと再会。本当なら彼らが住む家へ招待を受けていたのだが、急遽帰国が決まったのでその時間が作れなくなり、ラーエドが慌てて時間を作って会いにきてくれた。
彼はカイロ大学で薬学を勉強している。今期で卒業だそうだ。そして卒業後はパレスチナへ帰ると。パレスチナでは薬学を学べる大学がほとんどなくて、仕方なくカイロへの留学を選んだそうだ。エルサレムに住む彼が毎日検問所を越えて西岸地区の大学へ通うことは、不可能ではないが、本当にしんどいことだから。一緒にタハリール広場に居るデモの人たちと話し、通りを散歩しながらアイスクリームを食べ、ナイル川で船に乗り、ご飯を食べ、お茶を飲んだ。
彼は、自分からはあまりパレスチナのことを語りたがらない。でも、言葉の端々に占領下で生きていくことの苦悩がにじみ出る。「来年はパレスチナで会おうね」そう約束をして別れた。彼のその後を今度はパレスチナで追って行きたい。
タハリール広場でのデモは、今はもう小康状態。ただムバラク支持派が所々で声を上げていたり、行き過ぎのデモ隊に軍や警察が弾圧を加える場面も皆無ではない。今もまだ古い体制を引きずる大臣の辞任を求めていたり、体制が変わってもすぐに人々の暮らしが良くなるわけでもないことへの不満をぶつけたり、今後も予断を許さない状況ではある。ただ人々は自分たちの力で体制を変えたことへの自信や喜びが漲り、人々の表情は明るい。苦しみ続けてきた民衆よ、幸せであれ。