世界の笑顔に出会いたい

写真家・高橋美香のブログ。 公園にいたノラ猫のシロと暮らす。 カメラを片手に世界を歩き、人びとの「いとなみ」を撮影。 著作に『パレスチナ・そこにある日常』『それでもパレスチナに木を植える』(未來社)『パレスチナのちいさないとなみ』(共著)『パレスチナに生きるふたり ママとマハ』(かもがわ出版) 写真集に『Bokra 明日、パレスチナで』(ビーナイス)

2011年02月

大昔からの友達のアムル、ああ、始めて出会ったときは彼も私も学生だった...から電話があり、タハリール広場にある彼の会社のオフィスを訪ねて来いと。普段はとても忙しい彼だが、今は旅行業界は氷河期。慌てて支度をして訪ねていく。パレスチナに行く前に会ったきりだったので、彼に会うのも久しぶり。大事な仕事を任されていて、社長の右腕として順調にキャリアを積む彼とも、顔をあわせればお互いに若くて青かった時代の昔話に花が咲く。本当に一緒にいろんなことをして、いろんな場所へ行って、多くの時間を過ごした。「いまでもあの頃が一番楽しかったといつも思い出すんだ」とアムル。

そして、私が訪ねるたびに外国へ出張に行っていて、もう二年も会っていなかったアムルのボス、社長のアハマドとも久しぶりの再会。彼はまだ若いのに昔から優しくて、面倒見が良くて、私にとってエジプトのお兄ちゃん的存在。いつも仕事に追われている彼も時間を割いてくれ、一緒にランチを食べる。「ミカは学生だった昔からずっと写真家になるのが夢だったよね。時間はかかったかもしれないけれど、ちゃんと夢をかなえることができて、昔よりもずっとずっと輝いて、幸せそうな今の君を見れるのは本当に嬉しい」と。某私鉄で働いていたとき「今は我慢のときって決めているのかもしれないけれど、絶対に流されたり、目標を見失ったりすることは俺が許さないから」と叱咤激励し続けてくれた人でもある。

いろんな意味で、エジプトの友達は本当に大切な存在だ。一番頑張っていた日々、一番苦しんでいた日々を優しく見守ってくれていた人たちでもあるから。

彼らと別れて、数日前にタバからカイロへ向かうバスで友達になったラーエドと再会。本当なら彼らが住む家へ招待を受けていたのだが、急遽帰国が決まったのでその時間が作れなくなり、ラーエドが慌てて時間を作って会いにきてくれた。

彼はカイロ大学で薬学を勉強している。今期で卒業だそうだ。そして卒業後はパレスチナへ帰ると。パレスチナでは薬学を学べる大学がほとんどなくて、仕方なくカイロへの留学を選んだそうだ。エルサレムに住む彼が毎日検問所を越えて西岸地区の大学へ通うことは、不可能ではないが、本当にしんどいことだから。一緒にタハリール広場に居るデモの人たちと話し、通りを散歩しながらアイスクリームを食べ、ナイル川で船に乗り、ご飯を食べ、お茶を飲んだ。

彼は、自分からはあまりパレスチナのことを語りたがらない。でも、言葉の端々に占領下で生きていくことの苦悩がにじみ出る。「来年はパレスチナで会おうね」そう約束をして別れた。彼のその後を今度はパレスチナで追って行きたい。

タハリール広場でのデモは、今はもう小康状態。ただムバラク支持派が所々で声を上げていたり、行き過ぎのデモ隊に軍や警察が弾圧を加える場面も皆無ではない。今もまだ古い体制を引きずる大臣の辞任を求めていたり、体制が変わってもすぐに人々の暮らしが良くなるわけでもないことへの不満をぶつけたり、今後も予断を許さない状況ではある。ただ人々は自分たちの力で体制を変えたことへの自信や喜びが漲り、人々の表情は明るい。苦しみ続けてきた民衆よ、幸せであれ。

http://www.youtube.com/watch?v=exFhiqEkTgI

Filmed By Haitham

昨夜、ようやくカイロに到着。

タバの国境では、カイロへ向かうということに対して、今までにないほど多くの時間をかけて質問を繰り返され、しかもカメラを三台も持っていることから、外国人プレスを警戒してか、カメラやフォトストレージに対しての査問が厳しかった。けれど、途中から、アラビア語に切り替えて仕事の話、昔カイロに住んでいたからアラビア語が分かる話などをして「パレスチナの取材をしたかっただけで、エジプトには飛行機に乗るために帰るだけだし、お願い、カメラの没収とかだけは勘弁して」と訴えていると、警戒が溶けたのか、警察の人たちもニコニコと家族の話なんかを始めだして、そのうちカメラのチェックとかも「もういいよ」という感じで終わらせて、何事もなく入国できた。

タバで出会った2人のパレスチナ人学生ラーエドとワアドと仲良くなり、一緒にお茶を飲んで3時間バスを待ち、そして一緒にカイロまで帰ってきた。ふたりはカイロ大学で学ぶ学生たち。三人でわいわいと話しながらのバスの旅はあっという間だった。

「うちにマラミーヤ(お茶に入れるハーブ)があるし、ミカが来る日はパレスチナ料理を作るからまたカイロで会おう!」と約束をしてバス停で別れた。彼らから、東エルサレムで暮らすイスラエル国籍を持つパレスチナ人の心のうちをいろいろと聞いた。「いつかエルサレムで再会したいよねえ」とラーエド。もう五年間もカイロで暮らす彼。「革命に成功したエジプトのみんなが羨ましい。パレスチナでは…不可能だよ」と。

多くの人から同じ意見を聞いた。パレスチナで同じことをやれば、イスラエル軍にまた罪も無い多くの人が踏み潰されるだろう。自国民に銃を向けることに躊躇したエジプトでさえ、こんなにも多くの血が流された。パレスチナ人の命の重みをかけらも感じていないイスラエル軍ならなおさらのこと。革命に湧き、喜びにあふれたエジプトの人たちの笑顔を見ていると、それをみつめていたパレスチナの人たちの顔を思い出し、少し切なくもなる。

予定されていたフライトはキャンセルになり、この一ヶ月間どうやって、いつ日本に帰るか、そればかり案じる日々だったが、今日エジプト航空のオフィスを訪ね、代わりのフライトを提示され、バンコク経由で、二日がかりで帰ることになった。

多くの意味で、本当に勉強になった今回の旅だった。ある程度中東のことを分かっているつもりでいても、それでも情勢は変わりやすく、これが人間の営みで、人間が生きているということ。何かに対して不条理を感じていれば、諦めずに声を上げることの大切さを、改めてここで教えられた。

http://www.youtube.com/watch?v=BnH9a_2BQIk

Filmed by Haitham al katib

Six years have passed since residents of Bil'in, together with their Israeli and international supporters, started regularly demonstrating against the Wall and the confiscation of more than half their land by it. It has been more than three years since the Israeli High Court ruled that the path of the Wall must be changed as soon as possible, and the people of Bil'in have waited long enough.

Hundreds have turned out to mark the sixth anniversary of Bil'in's struggle and have resisted an usually large group of Israeli Occupation Forces for several hours. In chants and slogans, protestors demanded an end to the military occupations, the dismantelling of illegal settlements and the Apartheid Wall,and called for Palestinian unity. IOF have attacked protestors with the "skunk", with sound grenades, rubber bullets, 0.21 life ammunition, and a heavy use of tear gas. Nonetheless, protestors stood in the invading army's way and managed to stop them from entering the village. At one point, activists stood together to resist the occupation's attempt to arrest villagers. At the end of the demonstration, however, one Israeli activist was arrested and accused of stone-throwing. Several protestors sustained injuries, including Hamza Burnat, who was shot at close range into his leg and abdomen with rubber bullets and life ammunition. Hamza is currently at the hospital awaiting surgery.

I still staying in this small village, Haitham came back to bilin on this sunday from Switzerland, he spent really nice time there to show his film and had press conference and visited some touristic places with his friend in Switzerland.

I visited Nablus for two days to see some friends and stayed one night in friends house in Salem village near by Nablus, his name is Wajde, he is also working as a freelance photographer, he is sometimes visiting bilin to take a photo of the weekly demonstration, his uncle and elder brother are also famous photographer. I want to stay with them longer next time.

Tomorrow there is a huge demonstration in bilin for 6th anniversary for their struggle, and also the last time for me because i will leave this village next week. I spent really long time in this village, sometimes I felt so sad, angry and tired but I still love this village and villagers. I have many friends in the village now, I do not feel lonely even if one of the best friend Hamde has left. Thanks to friends.

I am looking forward to showing the pictures in the exhibition, from 17th to 23th March in Kyoto and 26th, 27th and from 30th to 4th April in Tokyo, to you.

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