
チキンは小さく切って、スパイスをつけて(少し日本のインド料理屋で食べるタンドリーチキンに似た味つけ)、レモン汁を振りかけて、串に刺して焼いていく。
アワード家では、三週間の滞在のあいだに、このチキンバーベキューを二回食べた。その他の日は、肉料理は少なかった気がする。コフタ(羊肉のミンチと香草を混ぜて焼いたもの)が挟み込まれたパン、砂ずりの煮物がそれぞれ一回でたくらいかな。
朝ごはんは、圧倒的に食べない日が多かった。目が覚めてから、砂糖たっぷりのアラビックコーヒーを飲んで、それでおしまい。昼過ぎに、朝昼兼用のご飯を食べる日が多かった。
晩ご飯どきになると、二階からアブー・カマール(父ちゃん)の兄一家の子どもたちが降りてくることも多かった。マハは「なんでごはんどきに限って降りてくるのよ…」と、ときどき陰で愚痴ることもあったけれど。アブー・カマールのお兄さんのアラファトも、長いあいだ無職で、生活は苦しいようだ。
難民キャンプでは、足りないものを融通し合って、みんなが助け合いながら生きていた。それが、苦しい生活のなかで、生きていく知恵なんだなあと、いつも感じていた。
日本の生活と比べると、足りないものが多い生活だけど、それでも、あのキャンプでの生活が懐かしく、アワード家に帰りたいなと、いつも思う。

