世界の笑顔に出会いたい

写真家・高橋美香のブログ。 公園にいたノラ猫のシロと暮らす。 カメラを片手に世界を歩き、人びとの「いとなみ」を撮影。 著作に『パレスチナ・そこにある日常』『それでもパレスチナに木を植える』(未來社)『パレスチナのちいさないとなみ』(共著)『パレスチナに生きるふたり ママとマハ』(かもがわ出版) 写真集に『Bokra 明日、パレスチナで』(ビーナイス)

2012年03月

3月30日、カランディア
 
土地の日とは、イスラエル領内に住むパレスチナ人が1976年に土地を接収されたことに抗議。その結果6人が殺された事件以降、この日を「土地の日」として、忘れないように努めている。

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写真展のDMの写真の子は、ヘブロンに暮らしている。

父親が営む小さな小さな町工場で、お父さんと一緒に過ごしてしていた。

ヘブロンにはH1地区とH2地区があって、簡単に言うと、H1かH2かによって、イスラエルからの締め付けの度合いが違う。それは、単純に、パレスチナ自治区のなかに入り込んできた入植地に近いか、離れているかで決められている。

ヘブロンは、パレスチナ自治区といえども、行政権も治安、警察権もパレスチナ自治政府にはない。旧市街に並行するシュハダー通りは、武力、暴力などによってパレスチナ人は追い出され、そこに入植者が暮らしている。

数百人の入植者を守るのに、数千人のイスラエル軍人が駐留する。あちこちに、兵隊の姿が見える。

この子の父親が町工場を営む通りも、巨大な入植地キリヤトアルバが近くにあるため、頻繁に、イスラエル軍のジープが通りを走る。

少年たちは、頻繁に、このパトロールで尋問を受け、しばらくのあいだ自由を奪われ、その顔には嘲りのような表情を浮かべている。歩いているだけでそんな目に遭う、悲しいことに、パレスチナの少年たち、特にヘブロンに暮らす少年たちは、慣れっこになっている。

猛スピードで、通りを歩くひとを蹴散らすように走る、イスラエル軍のジープをみつめながら、この子も、あと何年かで、確実にイヤな目に遭うときが来てしまうのだろうと思うと、悲しくなる。

こんなやり方で、脅しと威嚇と中身のない甘言での和平なんてあり得ないと、あのジープがパレスチナ自治区を走るのを目にするたびに、心底、イヤな気持ちになる。

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昨年11月から今年の1月までの二ヶ月間のパレスチナ取材で撮影した写真の写真展を、下記の通りおこないます。

日時:4月11日(水)~16日(月)
   12時~19時(最終日は17時まで)

場所:ビタミンTee アートギャラリー
   中野区東中野5-9-1 シャローム東中野101
   JR・メトロ東中野駅徒歩五分

   JR東中野駅東口改札を出て、北側の東中野本通りを直進。
   5分ほど歩くと右手にあります。

   03-5330-6771

※入場無料

http://www.vitamin-tee.jp/

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「新年は一緒に過ごそう」と誘われていたので、年末ギリギリにジェニン難民キャンプに戻った。

とはいえ、パレスチナでは、太陽暦の新年はさほど意味を持たない。いつもと、なにも変わりない一日。

お世話になっていたアワード家の母親のマハは、「実家に帰るから、ミカも私の実家に行こう」と、大晦日の12月31日に言いだした。マハの実家は、ジェニンから30分ほど車で走ったべザリヤにある。ナーブルスとジェニンのあいだを走る街道沿いにある。

マハは、実家に帰ると、たくさん背負いこんでいる重荷が少し軽くなったかのように、ジェニンのキャンプに居るとき以上に、くつろいだ表情を見せる。

「私は、正真正銘のファザコン。旦那(アブー・カマール)よりもお父さんの方が大好きだった。お父さんと、あの思い出深い家で、ずっと一緒に暮らしていたかった。でも結婚は、お父さんが決めたことだから、仕方なく従ったのよ」。

半年ほど前に亡くなった父親のことを語るマハは、本当に幸せそうだった。そして、時折、その大好きな父親が亡くなったことに、涙を流した。

新年最初の日を実家で家族と過ごすために、べザリヤの隣村、ブルカにある長女のアヤの家に泊まりに行った。マハと末っ子のエリヤと長男のカマールとワタシで。次男のムハンマドは仕事が休めず、四男のサリームは、父親(アブー・カマール)の介護のために自宅に残った。

大晦日だと言っても、特になにがあるわけでもないので、みんなで夜の十時には布団に入った。年が変わった頃には、すっかり眠りに落ちていた。

そして翌日、「新年おめでとう」と言う訳でもなく、ありふれた一日が始まった。

アヤの用意してくれた朝ごはんを食べて、「このあたりは、何千年もの歴史がある一帯」というあたりを散歩してた。そういう、古くからの村らしく、近くには水源もあり、水が湧きでている泉もあった。でも、それを久しぶりに眺めたマハは、ガッカリした様子で、「昔は、みんなで水遊びができるくらい、水があったのに、もう枯れる寸前みたいね」と。

あたりには、入植地もたくさんできていて、多くの水をとられている。

緑も多く、果樹のなる木もたくさんあった。オレンジをいくつも摘んで、ジェニンに持って帰るために、袋に詰めた。

そして、マハのお母さんが待つ、べザリヤに向かった。

これが、2012年最初の日の朝のこと。

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昨年11月から今年の1月までの二ヶ月間のパレスチナ取材で撮影した写真の写真展を、下記の通りおこないます。

日時:4月11日(水)~16日(月)
   12時~19時(最終日は17時まで)

場所:ビタミンTee アートギャラリー
   中野区東中野5-9-1 シャローム東中野101
   JR・メトロ東中野駅徒歩五分

   JR東中野駅東口改札を出て、北側の東中野本通りを直進。
   5分ほど歩くと右手にあります。

   03-5330-6771

※入場無料

http://www.vitamin-tee.jp/

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昨年11月から今年の1月までの二ヶ月間のパレスチナ取材で撮影した写真の写真展を、下記の通りおこないます。

日時:4月11日(水)~16日(月)
   12時~19時(最終日は17時まで)

場所:ビタミンTee アートギャラリー
   中野区東中野5-9-1 シャローム東中野101
   JR・メトロ東中野駅徒歩五分

   JR東中野駅東口改札を出て、北側の東中野本通りを直進。
   5分ほど歩くと右手にあります。

   03-5330-6771

※入場無料

http://www.vitamin-tee.jp/

なお、今回も、パレスチナで買い付けてきた手刺繍の雑貨を放出。

皆さまのお越しをお待ちしております。

転載、拡散、大歓迎。宜しくお願いいたします。

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先日、某都立中高校付属中学校の二年生に、パレスチナの話をする機会をいただいた。

皆さん自身で、いろんな地域の難民問題をしらべ、発表し、その授業も見学させて貰った。

自分が中学生のときは、まるで勉強をしていなかったので、皆さんのあまりのレベルの高さ、意識の高さに驚かされ、「いろんな子ども時代があるもんだなあ」と感慨深かった。

そして、数日後、難民問題の一例として、パレスチナの話を、写真を用いて、皆さんにお話した。

おとな相手に話をした経験は、たくさんあれども、子どもたちに話をするのは初めてのこと。

責任の重大さを痛感しながら、とにかく、自分が経験したこと、自分の目で見てきたこと、耳で聞いてきたことをお話した。

そして今日、ご担当のT先生から、皆さんの感想文を渡された。ワタシへの手紙というカタチをとった感想文。

いままで知らなかったことを知った喜び、驚きや、目の当たりにした辛い現実に悩んだりする、やわらかい心が伝わってきた。一枚一枚の手紙が、本当に大切な宝物だと思った。

嬉しかったのは、パレスチナの人々のことを身近に感じ、いつかみんなに会ってみたい、難民のひと達の役に立ちたいと感じてくれた子がいたこと。

そう、ひとりひとりが出来ることは、大きなことではないけれど、少しずつ、それぞれの出来ることをしていけば、それはゼロではないと、改めて、皆さんに教えられた気がした。

なかでも、ビリン村のアシュラフが、娘のアダーリのために、「将来、この子が安心して暮らしていける場所がなくなってしまう」ことを防ぐために、命をかけてデモの前線に立つことを、そのことの意味を、深く深く考えてくれた子が、何人もいた。

大切な友、アシュラフのメッセージを、伝えることが出来たのは、嬉しい。

とても素敵な機会を与えて下さったR高校付属中学校のT先生と先生方、そして、たくさんのことを一緒に考えてくれた生徒の皆さん、本当にありがとうございました。

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