世界の笑顔に出会いたい

写真家・高橋美香のブログ。 公園にいたノラ猫のシロと暮らす。 カメラを片手に世界を歩き、人びとの「いとなみ」を撮影。 著作に『パレスチナ・そこにある日常』『それでもパレスチナに木を植える』(未來社)『パレスチナのちいさないとなみ』(共著)『パレスチナに生きるふたり ママとマハ』(かもがわ出版) 写真集に『Bokra 明日、パレスチナで』(ビーナイス)

2014年01月

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昨年秋、ジェニン難民キャンプの居候先、アワード家には辛いことが重なった。

9月には、次男ムハンマドの親友で、四兄弟すべてにとって幼なじみだったマジドがイスラエル軍兵士に撃ち殺された。

10月、2002年にキャンプへの軍事侵攻があったとき連行されて拷問をうけて、ずっと体調が悪く、晩年は自分の足で立つことも、しゃべることもできなかった一家の「父ちゃん」イマードが亡くなった。

長男のカマールは、仕事から帰ってきて、ひとり部屋に閉じこもって大音量で「抵抗歌」を聞くことが多くなった。武装組織のメンバーが覆面をかぶって訓練しているような映像のうえに抵抗の歌がかぶせられているそんな映像。

特に難民キャンプでは武装抵抗組織との距離が近いというのが実感だ。母親のマハは、そんなカマールの様子を気にしつつ「カマールは兄弟のなかでも一番繊細で感受性の強い優しい子だから…」と、心配しているようだった。友達や兄弟を喪った悲しみや怒りのなかにいる人間が、組織に誘われることが多いとも聞いた。

次男のムハンマドも、その顔から笑顔が消えた。幼なじみの親友を殺されたのだから、当たり前だ。その悲しみも癒えないうちに、父親まで亡くした。朝早くから毎日仕事に行くムハンマド。ある日「もう、仕事も何もかも、すべてに疲れた」と吐き捨てた。

四男のサリームからも、無邪気さが少し消えていた。二年ぶりに会った彼はもう19歳。もう「少年時代」は終わった。外に働きに出るマハの代わりに家に残って父親の面倒を見ることが多かったサリームも、建設作業や電気工事の仕事に出るようになっていた。

二年前とあまり変わらず、一番元気だったのは、三男のジュジュだけかもしれない。少なくとも表面的には。彼は婚約を果たした。婚約者のもとに嬉しそうに通うジュジュだけが、明るい顔をしていた。

去年の夏、長男のカマールには、待望の子どもが生まれていた。病気で寝たきりだった最晩年の「父ちゃん」イマードも、孫の誕生に嬉しそうな顔をしていたそうだ。

そして、その赤ちゃんは、祖父の名前をそのままもらってイマードと名付けられた。

ワタシがアワード家を訪ねたころ、この赤ちゃんイマードの存在だけが一家の希望であり、みんなに笑顔を与えていた。仕事で疲れて帰ってきたムハンマドもサリームも、里帰りを果たしたジュジュも、もちろんイマードの父親であるカマールも、一家の「母ちゃん」マハも、みんながイマードと向き合うときには笑顔が戻った。

ワタシも一家のなかで居候生活をするうちに、母ちゃん、ばあちゃん、その二人の手がふさがっていれば「ミカおばちゃん」という順番で、子守り役がまわってきた。イマードを抱っこしてキャンプのなかのお店に買い物に行ったり、イマードを寝かしつけたり、水を飲ませたり、あやしたり。こんなに子どもの面倒を見たのは生まれて初めての経験だった。

だんだん、イマードが「他人の子」と思えないくらいになった。イマードが笑うと心が躍った。ビリンのアブーラハマ家のヤジードやカルミーに対して抱いていた思いのように、本当にイマードを愛しく思った。

きっと、今日も、いまこの瞬間も、辛いことが続いたアワード家でみんなの心を和ませ、みんなを笑わせ、希望を与えているのはイマードの存在、イマードの日々の成長なんだろうと思う。

イマードは、故郷を失った難民4世。どんな子に成長するのだろうね。

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下記の通り、新作の写真展を開催いたします。

日時:2014年1月29日(水)~2月3日(月)
   12時~19時(最終日は17時まで)

場所:吉祥寺 ビタミンTee
   ※東中野から移転しているのでご注意を
   
   武蔵野市吉祥寺北町1-2-9(吉祥寺駅より徒歩10分)

問い合わせ:0422-27-1750

入場無料

http://www.vitamin-tee.com

みなさまのお越しをお待ちしております

なお、転載、シェアなど大歓迎、いつもありがとうございます


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なお会期中、2月1日(土)19時からは「喜多見と狛江の小さな映画祭+α」会場にて
分離壁を越えてイスラエル領に働きに行くパレスチナ人労働者のドキュメンタリー映画
の上映会をおこないます

・「Nine to Five」」(ダニエル・ガル監督・イスラエル・2009年)上映

・映画の背景を解説するスライドトーク

・イスラエルの核保有を暴露した技術者モルデハイ・バヌヌ氏のメッセージを考える

場所:M.A.P.
   狛江市岩戸北4-10-7 島田歯科2階
   小田急線喜多見駅より徒歩5分

入場料:1200円

問い合わせ:03-3489-2246

twitter:@KitamiFilmfes

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ビリンにいるあいだ、毎晩毎晩、玄関の外にあるバルコニーのソファに座って、一枚の毛布に「寒い寒い」とくるまって、ママと一緒に夜中まで語って過ごすのが日課だった。

たいてい、いつもメンバーは決まっていて、ママとパパとハムディとハイサムと、日によってそのほかにもいろんな人たちがこの輪に加わるが、その回数が圧倒的に多いのがバスマン「おじさん」だった。

以前、第一次インティファーダが始まった日、イスラエル領内の職場からビリン村に帰宅する際に壮絶な暴行に遭った、あのバスマン。

バスマン「おじさん」はママの弟で、数多い兄弟姉妹のなかでも一番ママと仲が良いのがこの「おじさん」だ。とても優しい人なので、病気になって弱気になったママを見舞い、励ますために、頻繁に訪ねてくる。

最初は、バスマン「おじさん」が苦手だった。よくしゃべるし、何でもかんでも質問攻めにされるし、とにかく一緒にいると疲れる人だというのが最初の印象だった。アブーラハマ家に居候するようになって、最初の2シーズンくらいは、バスマンが訪ねてくると何かにつけて言い訳をして(もう眠いとか、体調が悪いとか)同席しなくても済むようにしていた。

でも、悪い人じゃないのは分かっていたし、何より「今日はどうしてもミカに話しておきたい」とあの壮絶な暴行体験を聞かせてくれたころからは、バスマンが「姪」として自分を大切にしてくれていることが感じられるようになってきた。それは、彼の姉である「ママ」が、信じられないくらいに「娘」であるワタシを愛してくれているから、とのことだった。

「ミカはどれほどバスマ姉さんが君のことを大切に思っているかきっとわかっていないと思うな。たぶん君が考えている以上だよ。君がいないとき、いつも姉さんは君の話をして、君を案じている。まるで本当に自分が産んだ娘みたいにね。ミカにずっとここに居てほしいと思うよ。そうすれば姉さんは幸せだから。でも不思議なもんだよな。ガイジンである君がこの一家の「一員」であることに、いつの間にか、だれも違和感を持たなくなった。おかしなもんだな」

毎回、バスマン「おじさん」には、彼の家の最高の朝食を食べに来るようにと誘われ続けていた。そして、もう間もなく帰国が迫るという夜中、うちに来ていたバスマンとバスマンの息子で「従弟」のムハンマドとハムディと一緒に「朝食」を食べに行くことになった。

うちから歩くと15分くらいかかるバスマンの家は、大きな家だった。着ているものなどもいつも小奇麗なので薄々わかってはいたが、暮らし向きはけっこう豊かなようだ。バスマンは、専業農家。ありとあらゆる野菜や果物を育て、収穫し、余剰は市場で販売し、ヤギやヒツジなどの家畜も育てている。

「うちの食事は、99パーセントが自家製だよ。野菜だけじゃなく、果物もチーズもジャムも油もすべてうちで採れたものだ。こんなに贅沢な暮らしはないだろう?」と微笑む。

オリーブ、ザータル、フール(豆)、果物のジャム、オリーブオイル、たまご、自宅のかまどで焼いたパン…「ああ、99パーセントって言ったのは、コーヒーと紅茶だけは買ってきたものだから」と。

パレスチナの暮らしは、ある意味とても贅沢だ。

でも、それはあくまで土地も水も家も奪われず、保ち得ているひとのみが享受できる贅沢。

しかも、占領によってバスマン「おじさん」自身も壮絶な目に遭わされているし、分離壁反対運動にかかわる二人の息子ムハンマドとアーシムは、まだ19歳なのに何度も刑務所に入れられている。

最高の「朝食」をいただきながら、そんなことを考えた。

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下記の通り、新作の写真展を開催いたします。

日時:2014年1月29日(水)~2月3日(月)
   12時~19時(最終日は17時まで)

場所:吉祥寺 ビタミンTee
   ※東中野から移転しているのでご注意を
   
   武蔵野市吉祥寺北町1-2-9(吉祥寺駅より徒歩10分)

問い合わせ:0422-27-1750

入場無料

http://www.vitamin-tee.com

みなさまのお越しをお待ちしております

なお、転載、シェアなど大歓迎、いつもありがとうございます


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なお会期中、2月1日(土)19時からは「喜多見と狛江の小さな映画祭+α」会場にて
分離壁を越えてイスラエル領に働きに行くパレスチナ人労働者のドキュメンタリー映画
の上映会をおこないます

・「Nine to Five」」(ダニエル・ガル監督・イスラエル・2009年)上映

・映画の背景を解説するスライドトーク

・イスラエルの核保有を暴露した技術者モルデハイ・バヌヌ氏のメッセージを考える

場所:M.A.P.
   狛江市岩戸北4-10-7 島田歯科2階
   小田急線喜多見駅より徒歩5分

入場料:1200円

問い合わせ:03-3489-2246

twitter:@KitamiFilmfes

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話はいきなり、旅の最後半部分。

ジェニン難民キャンプの居候先アワード家を去りがたく、一日、また一日と出発を延ばしていた。いくら先延ばしにしても、結局別れはやってくる。また会える…そう思おうとするし、実際、そう約束するんだけど、その約束が果たせなかったひとが何人いるだろう。

もうこれ以上は出発を延ばせないという日、朝から一家の母ちゃんマハの妹のマイ、その娘のラナ、娘のアヤがやって来て、10月に亡くなった父ちゃんアブーカマールの追悼のためのお菓子作りを始めた。その日がちょうど「アルバイーン」、死後四十日の追悼の日だった。

夫を亡くしたパレスチナの女性たちは本当に大変で、「喪が明ける」まで親族以外の男性と顔を合わせてはならないし、その期間中に家から外に出ることすら「恥」とされる。パレスチナ社会は、かなり身近なひとからの「圧力」が強い社会なので、それを無視して自分の思いを貫くことは、かなりの勇気が必要となる。

マハも「喪が明け」ないあいだの外出は極力控えていたが、「家でじっとしていたってアブーカマールが帰ってくるわけでもない。すべての行動がまわりから監視され、噂され、批判にさらされるこの社会が窮屈でならない」と、「母親が病気なので実家に帰る」と周りに話して、ちょっとした息抜きに、一緒にマハの実家に向かったこともある。

さて、本題に戻ると、小麦粉からなるヘルべと呼ばれるパンのようなものを焼いて、故人を追悼するという。一度も「故郷」をみることなく難民キャンプで亡くなっていったアブーカマールは難民キャンプの墓地でねむる。その墓にもヘルべを持っていくという。

オンナばかりワイワイと話に花を咲かせながら、しめっぽさはあまりなくヘルべづくりが進んでいく。孫たちにも囲まれながら。

でも、最期は自分の足で立つこともできずに難民キャンプの家だけが世界のすべてという晩年をすごし、46歳で亡くなったアブーカマールを、家族が思い出さない日は一日としてない。

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「オリーブの涙・パレスチナの日々」高橋美香写真展

日時:1月29日(水)~2月3日(月)
    12時から19時(最終日は17時まで)


場所: ビタミンTee アートギャラリー

    武蔵野市吉祥寺北町1-2-9 (吉祥寺駅より徒歩10分)

    0422-27-1750     

http://www.vitamin-tee.com


入場無料

展示作品はA4で30点ほどを予定

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拙著「パレスチナ・そこにある日常」を読んでくださった方なら、きっとアブー・アラアのことを覚えていらっしゃるに違いない。

ナーブルス郊外の、たった一坪ほどのコーヒー屋台で、コーヒーを売って生計を立てる彼。

2009年、彼の息子のオサマを市場のなかで撮影したことから、彼と出会った。それ以来、パレスチナに行くたびに、ナーブルスを通りがかるたびに、必ず彼の屋台に顔を出して、コーヒーを奢られ続けている。申し訳なさでいっぱいなれど、もうワタシにはこれを断るすべがない。

一度、コーヒーを奢られるのが申し訳ないので、ナーブルスの町に行ったものの、彼の屋台に顔を出さなかったことがあった。

そうすると、町中で彼の常連のお客さんがワタシの姿を見かけたらしく、「おい、アブー・アラア、あんたのところに顔を出す日本人が今日歩いてたのを見かけたぞ」と伝え、後日、「そんな遠慮はいらないから、立ち寄ってコーヒーを飲んで行ってくれよ」と叱られた。

もう、断るすべがないとしか言いようがない。

顔を出すたび、「子どもたちに渡してね」とお菓子や果物を渡すようにはしている。でも、そんなことをすればするほど、彼は顔をしかめる。気を使うな、と。

ある日「なあ、君はいつも『今度うちに遊びに行く』と言うけれど、何年たっても来たことがないよな。今回は二か月いるんだろう?一度本当にうちに遊びに来いよ」と誘ってくれた。子どもたちも、奥さんも待ってるから、と。

ただ、アブー・アラアに話を聞くと、年中無休で、朝の5時から夕方6時(夏は8時)まで屋台を開けているという。そんな彼の家に、どうやって遊びに行けばいいのだろう?明らかに迷惑だ。

しかし、珍しく、アブー・アラアは「また次回」と言うワタシを放してくれない。「今度っていつだ?次の土曜日はどうだ?土曜日なら俺の代わりに長男のアラアに店番を頼めるから」と言う。

そして、約束通り、次の土曜日に、彼の家を訪ねることになった。屋台で待ち合わせをして、アブー・アラアのちょっとボロい古い車で彼の運転で家に向かった。

向かう先は、ナーブルス郊外のアシーラシャマレイヤ。北アシーラと言う意味だ。アシーラはオリーブの産地としても名が通っている。アブー・アラアはここで生まれ育った。「昔はアシーラシャマレイヤの旧市街の古い小さな家で暮らしていたんだけど、子どもたちが大きくなって、家が狭すぎたから、ローンで買ったんだ」と、「ビラ」と呼ばれるマンションタイプの家に案内された。

初めて出会ったころ、まだ8歳くらいに過ぎなかったオサマは、もう中学生になっていた。

奥さんも、娘さんも、ようやく会えたことを喜び、大歓迎で迎えてくださった。店番をしていた長男のアラアを除いたみんなでランチを楽しんだ。

「今度は泊まりにいらしてね。部屋も用意しておくから。いつもうちの子たちのことを気にかけてくださってありがとう」と奥さんが別れ際に。

ありがたいことだ。こうやって、少しずつ、少しずつ、広がり深まっていく。

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「オリーブの涙・パレスチナの日々」高橋美香写真展

日時:1月29日(水)~2月3日(月)
    12時から19時(最終日は17時まで)


場所: ビタミンTee アートギャラリー

    武蔵野市吉祥寺北町1-2-9 (吉祥寺駅より徒歩10分)

    0422-27-1750     

http://www.vitamin-tee.com


入場無料

展示作品はA4で30点ほどを予定

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東エルサレムやヨルダン渓谷周辺、またイスラエル国内の砂漠地帯などで、遊牧民が追い出され続けている。

昔は、国境なんて関係なく、水場のあるところを求めて、家畜とともに渡り歩いてきた。しかし、いまイスラエル国内、パレスチナにいる遊牧民たちは、生活の拠点を壊され、住居を壊され、家畜小屋を壊され、水へのアクセスがままならず、生活を破壊されている。

そして、遊牧をあきらめた遊牧民たちが都市に定住を始めた。彼らのなかには、「生活苦」から志願兵としてイスラエル国防軍に入る者もいる。生活苦とは、必ずしも金銭的なことに限らない。イスラエル国内では、軍隊で培った人脈やコネクションなどが、その後の人生に影響する。軍隊へ行かなければ、それが得られない。

パレスチナ自治区の遊牧民たちも、過酷な追放に苦しんでいる。遊牧民の拠点が破壊され、そのあとに新たな入植地がどんどん造られている。パレスチナ自治区に点在する入植地や軍事基地の多くが、水源地や水脈である。

ビッディヤという、ナーブルスの南西部の町の郊外の山のうえで、数百頭の家畜とともに暮らしているアブー・スルターンとインム・スルターン夫妻も、そんな遊牧民だ。彼らはもともと他の町の出身だが、家畜を追う暮らしを求めて、いまはここで暮らす。家畜のための小屋と、客用のテント、彼らが住居として使う小屋ある。

電気も水道もない。水はタンクローリーで運んできたものを購入する。とびきりの貴重品だ。

数百頭の家畜は、すべて他人の所有物で、預かって育て、大きくして、その手間賃を貰うのだという。

都市型の生活になじんだ人びとのなかには、この遊牧民の暮らしの「後進性」を揶揄するひともいる。ワタシが嬉しそうにアブー・スルターン夫妻のもとを訪ねたことを話すと、あからさまに眉をしかめる人もいた。

ワタシたちが、都市で享受している「先進的な」生活が、本当に「豊か」なのだろうか?

インム・スルターンは穏やかに微笑みながら、貴重な水を使ってお茶を入れてくれた。渇いたのどに、甘いお茶が染み渡った。

「よかったら、またおいで」と別れ際、夫妻がほほ笑む。彼らはここに定住してるわけではないから、もしかすると「また」はないのかもしれない。

ほんのわずかな間の邂逅ではあったけれど、この旅で、最も印象に残った出会いのひとつだった。



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「オリーブの涙・パレスチナの日々」高橋美香写真展

日時:1月29日(水)~2月3日(月)
    12時から19時(最終日は17時まで)


場所: ビタミンTee アートギャラリー

    武蔵野市吉祥寺北町1-2-9 (吉祥寺駅より徒歩10分)

    0422-27-1750     

http://www.vitamin-tee.com


入場無料

展示作品はA4で30点ほどを予定

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