ビリンのこと、記事にしてくれた友達の皆さんありがとう。あのビデオを最前線でまわした友Hことハイサム(本人が実名で投稿しているのでこちらも実名で)の二歳の息子さんは小児癌を患っている。毎週のように撒かれるガスにより土地や水の汚染がささやかれている。もちろんまだ正式な調査の結果は出ていないけれど…。このデモで村人たちは非暴力を貫いている。それでも投石をしている姿が見えるのは、イスラエル軍にお金を渡されて投石を促されている付近の村の若者がいるから。そうやって狙撃をする理由をわざと作っている。村人はそういう若者たちをコントロールしようと努めているが、デモが始まってしまうと目も手も届かなくなる。とても残念なこと。映像の中で燃えているゲートは自分たちの畑へ行くためのゲート。軍事的な立ち入り禁止区域に勝手に指定され、あのゲートも有刺鉄線で塞がれてしまった。
どうか、たくさんの人にこの事実を知ってほしい。国際法を違反している事実を許さないでほしい。このゲートと壁のせいで土地を失い、仕事を失った農民たちのことを知ってほしい。
最近、ビリンと平行して取材を続けているのが、エルサレム内の家屋倒壊問題。最近取材に行ったエルサレムのシルワン村は、運悪くシティオブデイビッドという古代のユダヤの遺跡が村の近くにあるために、その国立公園を整備するという名目で、何の補償もなく家を壊され、ホームレスにさせられている。イスラエル国籍を持っていても、アラブ人は勝手に家を建てられないため、彼らには何処にも行く場所がない。エルサレムのアラブ人人口を減らしたい政府は、どんどんこういう難癖をつけてアラブ人の家を壊している。壊された家の隣に住む家族をインタビューした。「次はうちの番だと思うと本当に怖い」と15歳の娘さんは泣き出した。ワタシには彼女を抱きしめることしか出来なかった。本当のプロだったら彼女の泣き顔を撮ったのだろうけど、それが出来なかった。すごく胸に突き刺さった涙だった。
悲しいこともたくさんあるけれど、みんな一様に前を向いて頑張っている。今日訪ねた西岸最大の難民キャンプバラータ、そこで仲良くなったMは7年間刑務所に入れられていた。肩に大きな傷がある。どんなつらい7年間だったのか計り知れない。でも彼は、自分のボロボロの愛車でナブルースで一番きれいな場所、家族が休日には連れ立ってゆっくり寛ぎにくる泉へ連れて行ってくれた。すごく優しい瞳をした人だった。今度はメストのためにうちの奥さんが腕によりをかけて料理を作るから、是非とも泊まっていってほしい…と言われた。たくさんの自爆攻撃に赴く若者を出しているバラータ。だけども、それだけが解決法じゃないことを知っている人もたくさんいる。きれいな泉を家族とともに見ようとしている人たちもたくさんいる。どうか、彼らがただ無事に生きていけるようワタシには願うしかない。
もうあと一週間でパレスチナの旅も終わり。正直言ってまだまだこれから…って気がする。深く知るには、これからが本番って気がする。でも、物事には終わりがある。自分の場合、どうしても帰って検査を受けなきゃいけないし、取材費にも限りがある。せっかく築いてきた絆を、どうやって大切にしていくか、それがこれからの課題。また戻ってこようと思う。そのためには、あんまりイスラエル政府に目をつけられないようにしないと。何人もの人権活動家の国外退去の話、再入国できない話を聞いた。ただ間違っていることにノーと言う声を上げただけなのに!
最後の一週間は、各地で仲良くなった人たちに挨拶をして廻る日々。そして金曜日はもう一度ビリンへ。
どうか、たくさんの人にこの事実を知ってほしい。国際法を違反している事実を許さないでほしい。このゲートと壁のせいで土地を失い、仕事を失った農民たちのことを知ってほしい。
最近、ビリンと平行して取材を続けているのが、エルサレム内の家屋倒壊問題。最近取材に行ったエルサレムのシルワン村は、運悪くシティオブデイビッドという古代のユダヤの遺跡が村の近くにあるために、その国立公園を整備するという名目で、何の補償もなく家を壊され、ホームレスにさせられている。イスラエル国籍を持っていても、アラブ人は勝手に家を建てられないため、彼らには何処にも行く場所がない。エルサレムのアラブ人人口を減らしたい政府は、どんどんこういう難癖をつけてアラブ人の家を壊している。壊された家の隣に住む家族をインタビューした。「次はうちの番だと思うと本当に怖い」と15歳の娘さんは泣き出した。ワタシには彼女を抱きしめることしか出来なかった。本当のプロだったら彼女の泣き顔を撮ったのだろうけど、それが出来なかった。すごく胸に突き刺さった涙だった。
悲しいこともたくさんあるけれど、みんな一様に前を向いて頑張っている。今日訪ねた西岸最大の難民キャンプバラータ、そこで仲良くなったMは7年間刑務所に入れられていた。肩に大きな傷がある。どんなつらい7年間だったのか計り知れない。でも彼は、自分のボロボロの愛車でナブルースで一番きれいな場所、家族が休日には連れ立ってゆっくり寛ぎにくる泉へ連れて行ってくれた。すごく優しい瞳をした人だった。今度はメストのためにうちの奥さんが腕によりをかけて料理を作るから、是非とも泊まっていってほしい…と言われた。たくさんの自爆攻撃に赴く若者を出しているバラータ。だけども、それだけが解決法じゃないことを知っている人もたくさんいる。きれいな泉を家族とともに見ようとしている人たちもたくさんいる。どうか、彼らがただ無事に生きていけるようワタシには願うしかない。
もうあと一週間でパレスチナの旅も終わり。正直言ってまだまだこれから…って気がする。深く知るには、これからが本番って気がする。でも、物事には終わりがある。自分の場合、どうしても帰って検査を受けなきゃいけないし、取材費にも限りがある。せっかく築いてきた絆を、どうやって大切にしていくか、それがこれからの課題。また戻ってこようと思う。そのためには、あんまりイスラエル政府に目をつけられないようにしないと。何人もの人権活動家の国外退去の話、再入国できない話を聞いた。ただ間違っていることにノーと言う声を上げただけなのに!
最後の一週間は、各地で仲良くなった人たちに挨拶をして廻る日々。そして金曜日はもう一度ビリンへ。
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