










大人になって、エジプトのスーフィダンスにハマった。その躍動感あふれる踊り、唄、演奏を写真でどう表現するのか、悩みに悩みながら撮影に夢中になった。スーフィダンスを眺めながら、ふと、昔神楽が大好きだったことを思い出した。宗教は違えども、神を思い、祈りを舞に籠めるという行為は、同じなのではないかという気がした。だからこそ、神楽にも、スーフィダンスにも心惹かれるのだろう。神を思い、祈りを籠めて舞うその表情が、唄が、演奏が、手の先まで意識された所作の美しさが好きだ。
神楽そのものを、スーフィダンスそのものを記録するのは、圧倒的に映像の方がそのままを記録できるという意味でふさわしいと思う。でも、あえて瞬間を写し取ることにこだわりたい。写真で記録することにこだわりたい。そんな思いで、撮影を続けた。
備後府中荒神神楽は、昭和52年に広島県民俗無形文化財に指定されている。場を清めるための清め、神様をお迎えするための四人舞、祝詞、「神様、しばらく休憩してみていってください」という神舞、能、盃をいくつも使って舞う折敷舞などが披露された。
神楽大夫さんたちの伝統や技の継承のための血のにじむような努力の積み重ねを思うと、撮影する方も身が引き締まる思いがする。スーフィダンサーの面々と友人として付き合っていたので、日ごろの努力と練習の厳しさは、神楽に重ねてみても、なんとなく想像のカケラくらいはつく気がする。
備後神楽は、衣装や道具が地味だったり、世相を反映したような漫才のような喋りが続いたり、「見世物」としての神楽としては地味なのだと聞く。しかし、何十年ぶりかに観に帰ることができて、本当に感動した。そして、もっと知りたいと思った。





