毎日毎日エジプトのニュースが気になって仕方がない。
つい先日、エジプトへの留学時代から一番の仲良しのMと電話で話した。彼は徹底した世俗派。敬虔なムスリムで信仰心は篤い。宗教は自分自身の内面の問題と考える彼のなかでは、敬虔であることと世俗派であることは相反しない。
2011年のエジプト「革命」で、彼の勤める会社は業績がガタ落ちした。観光業にとって、国の安定は必須。ガタつく国に観光客は来ない。それでも、きっと国はよくなる、いまだけの辛抱だと、自由に声をあげられることを喜んでいた。
2012年、「革命」一年後のカイロで、Mの才能を見出し引き立ててくれたボスのもとで学生時代から働き続けてきた彼は、ずっと勤め続けてきた会社を離れるべきかどうか悩んでいた。
「ボスは仕事もないのにみんなに給料を払い続けてくれてるんだ。いまはこんな時期だけど、きっとよくなるときが来るから、それまで一緒に耐えてほしい…って」。そのことに苦しんでいた。仕事もしていないのに給料をもらい続けることを。そして、何よりずっとそばで一緒にやってきた尊敬するボスの苦悩を間近で見ることを。
Mは、仕事で付き合いのあったドバイの会社からヘッドハンティングを持ちかけられた。「ボスは仕事には厳しいけど、心底はとても優しい人だから、俺たちの誰のクビも切れないでいる。このままじゃ、ボスも会社も破産してしまう。だから、俺はドバイへ行こうと思うんだ」と、打ち明けてくれた。
しかし、彼の奥さんはエジプトを離れることに反対した。「行きたければあなた一人で行けばいいわ。私は娘と一緒にエジプトに残る」と、聞く耳を持ってくれなかったそうだ。「離婚しようかなと思ったよ。もともと、娘の母親…という存在でしかないんだ。特別に愛情があって結婚したわけでもないし、理解しあえないのはなにも初めてのことじゃない」とMは考えたそうだが、結局、最愛の娘との別離を考えると耐えがたく、ドバイ行きをあきらめた。
2012年、彼はサラフィー主義者の台頭をなによりも懸念していた。「彼らが力を握ったら、自由さや寛容さはなくなってしまうんじゃないだろうか…」と。
世俗派の人間も、ひとによっては、民主的に選ばれたムスリム同胞団出身のモルシ大統領や福祉活動に力を入れてきた同胞団を評価していた。しかし、せっかく「民主的な」選挙で選ばれた大統領が、「非民主的な」やり方でその権限を強化し始めたとき、Mは危機感を抱いたそうだ。
今回、クーデターが起きたときにすぐにMに電話してみた。「軍の一時的なコントロールには賛成。あの大統領よりはいい。きっと何もかもがよくなるよ。大丈夫。俺たちのことは心配しなくていいよ」と。
エジプトは、自分にとって近すぎる国でありすぎて、冷静な分析も何もできないで(まあ、もともとそんな能力はないが)、ただただ多くの友の身をオロオロと案じるばかりの日々。
どんな信仰を持つひとも、どんな思想を持つひとも、ひとしく「エジプト人」でいられるような国であってほしいと願う。どんな勢力を支持しているひとであっても、それを理由に殺されることなんてないように…。
つい先日、エジプトへの留学時代から一番の仲良しのMと電話で話した。彼は徹底した世俗派。敬虔なムスリムで信仰心は篤い。宗教は自分自身の内面の問題と考える彼のなかでは、敬虔であることと世俗派であることは相反しない。
2011年のエジプト「革命」で、彼の勤める会社は業績がガタ落ちした。観光業にとって、国の安定は必須。ガタつく国に観光客は来ない。それでも、きっと国はよくなる、いまだけの辛抱だと、自由に声をあげられることを喜んでいた。
2012年、「革命」一年後のカイロで、Mの才能を見出し引き立ててくれたボスのもとで学生時代から働き続けてきた彼は、ずっと勤め続けてきた会社を離れるべきかどうか悩んでいた。
「ボスは仕事もないのにみんなに給料を払い続けてくれてるんだ。いまはこんな時期だけど、きっとよくなるときが来るから、それまで一緒に耐えてほしい…って」。そのことに苦しんでいた。仕事もしていないのに給料をもらい続けることを。そして、何よりずっとそばで一緒にやってきた尊敬するボスの苦悩を間近で見ることを。
Mは、仕事で付き合いのあったドバイの会社からヘッドハンティングを持ちかけられた。「ボスは仕事には厳しいけど、心底はとても優しい人だから、俺たちの誰のクビも切れないでいる。このままじゃ、ボスも会社も破産してしまう。だから、俺はドバイへ行こうと思うんだ」と、打ち明けてくれた。
しかし、彼の奥さんはエジプトを離れることに反対した。「行きたければあなた一人で行けばいいわ。私は娘と一緒にエジプトに残る」と、聞く耳を持ってくれなかったそうだ。「離婚しようかなと思ったよ。もともと、娘の母親…という存在でしかないんだ。特別に愛情があって結婚したわけでもないし、理解しあえないのはなにも初めてのことじゃない」とMは考えたそうだが、結局、最愛の娘との別離を考えると耐えがたく、ドバイ行きをあきらめた。
2012年、彼はサラフィー主義者の台頭をなによりも懸念していた。「彼らが力を握ったら、自由さや寛容さはなくなってしまうんじゃないだろうか…」と。
世俗派の人間も、ひとによっては、民主的に選ばれたムスリム同胞団出身のモルシ大統領や福祉活動に力を入れてきた同胞団を評価していた。しかし、せっかく「民主的な」選挙で選ばれた大統領が、「非民主的な」やり方でその権限を強化し始めたとき、Mは危機感を抱いたそうだ。
今回、クーデターが起きたときにすぐにMに電話してみた。「軍の一時的なコントロールには賛成。あの大統領よりはいい。きっと何もかもがよくなるよ。大丈夫。俺たちのことは心配しなくていいよ」と。
エジプトは、自分にとって近すぎる国でありすぎて、冷静な分析も何もできないで(まあ、もともとそんな能力はないが)、ただただ多くの友の身をオロオロと案じるばかりの日々。
どんな信仰を持つひとも、どんな思想を持つひとも、ひとしく「エジプト人」でいられるような国であってほしいと願う。どんな勢力を支持しているひとであっても、それを理由に殺されることなんてないように…。






